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新緑の京都からUFO先生の友人のSさんの
リクエストで堺へと!
前年度からの御誘いが〜
中々時間が合わなくて〜
藤の花が咲き出しました。

東永山園〜百舌鳥夕雲町(仁徳天皇陵) 03
直接メッセンジャーで連絡が入りました。
今度堺へ行きましょう!と…

だからいつもの神社と路地・路地探し〜堺は古墳も。。。
相棒自転車は久々のUFO先生U号とレンタサイクル。。!
今年の目標はフルサイズ!

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:平成29年04月19日
                                           UP日:平成30年01月20日

竹内街道と南海高野線との
交差点

※此処ですわ〜

永山古墳
脇の道〜
永山古墳(ながやまこふん)は、大阪府堺市堺区東永山園に所在する前方後円墳。
百舌鳥古墳群を構成する古墳の1つ。
宮内庁により第16代仁徳天皇の陵の「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)」の
陪冢に治定されているほか、周濠は堺市指定史跡に指定されている。
大仙古墳の周濠の北側に接して、前方部を南南西に向けて立地している前方後円墳である。
大仙陵古墳の陪塚の可能性がある。
墳丘は段築によって築かれ、全長104m、後円部は径約63m、高さ9m、前方部幅67m、高さ約8mを測る。
西側くびれ部に造出しが認められ、馬蹄形の周濠がめぐる。
内部主体、副葬品は不明である。
現在、宮内庁より大仙陵古墳(百舌鳥耳原中陵)の陪塚として管理されている。
(Wikipediaより)


※R310

信号待ちで
永山古墳と〜

※永山古墳を〜

丸保山古墳
丸保山古墳(まるほやまこふん)は、大阪府堺市堺区北丸保園に所在する古墳(前方後円墳)である。
百舌鳥古墳群の中の一基であり、すぐ近くにある大仙陵古墳の陪塚と考えられている。
国の史跡に指定されている。
大仙陵古墳の北西の周濠に接して立地しており、同古墳の陪塚と考えられる前方後円墳である
(前方部が短い形状から、帆立貝形古墳とも称する)。
全長87メートル、後円部径67メートル、前方部幅40メートルを測る。
前方部はかつて住宅や農地が存在したため削平されているが、
低く短いという特徴を持ち、周囲には周濠がめぐる。
後円部は宮内庁が陪塚として管理しており、前方部と周濠は堺市が管理している。
1972年(昭和47年)に前方部と周濠のみが国の史跡に指定されている。
(Wikipediaより)


※桜の花の季節。

プンティア (Opuntia spp.) はサボテン科の属の1つ。
いわゆるウチワサボテン類の中で典型的な種の多くがここに属している。
約200種が知られ、サボテン科の数多くの属の中で、最も多くの種を擁する属でもある。
茎の高さは種によっては2m以上になる。
原産地は主にアメリカ州で、しばしば群生する。
植物体は平たいうちわのような茎(茎節)が連鎖する。
ウチワサボテンの果実は「カクタス・ペア」、「トゥナ」といった呼び名で
南北アメリカ大陸、地中海沿岸域から中東地域にかけて食用として流通している。
アメリカでは平たい茎の部分を「ノパル」と呼び食用にするが、
旧大陸では主に果実を食べる。
茎はステーキや煮込み料理など、様々な料理の食材として利用される。
果実は夏から秋にかけて熟し赤や紫に色付く。
この色の成分はテーブルビートと同じくベタラインであり、
多食すると尿が赤くなることがあるが健康に問題はない。
メロンに似た弱い香りがあり、パイナップルやキウイフルーツと
同様にタンパク質消化酵素が含まれている。
生のままジュースやサラダとする他、煮詰めてして製菓食材にする場合もある。
(Wikipediaより)




お墓なのか神様なのか?

※昔から龍が出たんでしょうか?
巳さん?

八丈神社さん

※あれれ…
管理物件。。。

仁徳天皇陵外堀

※花を浮かべて
澱む水面〜

外堀をつかず離れず〜

※昔は府立農学校だった
現大阪府立だいせん聴覚高等支援学校

遊歩道の様な〜

※新緑の息吹〜




かくばかり 恋ひつつあらずは
高山の岩根しまきて 死まなしものを
磐姫皇后




此の奥には〜??

※内堀が在るそうで…

八重桜が〜

※銅亀山古墳(どうがめやまこふん)は、大阪府堺市堺区大仙町に所在する古墳である。
百舌鳥古墳群の中では数少ない方墳の一つで、大山古墳(大仙陵古墳・仁徳天皇陵古墳)の陪塚とされる。
墳丘は、宮内庁によって「仁徳天皇陵に号飛地」として管理されている。
大山古墳の前方部南西隅の外堀に隣接している一辺26m、高さ5.4m、二段築成の方墳とされている。
築造は出土された円筒埴輪の年代から、大山古墳の築造最終段階の
5世紀中頃にあわせて完成されたと推測される。

(Wikipediaより)

1960年代辺りから
住宅地として天皇陵の近くまで
開発された。

※此処は朝日寺さん

狐山古墳
狐山古墳(きつねやまこふん)は、大阪府堺市堺区大仙中町にある古墳である。
百舌鳥古墳群に属しており、宮内庁により仁徳天皇陵(大仙陵古墳に治定)の陪塚に治定されている。
大仙陵古墳の前方部南西隅の、3重目の濠から約30メートルの距離に位置する。
墳丘は宮内庁により管理されており、立ち入りが禁止されている。
これまでのところ宮内庁での調査は実施されていない。
最大長さ23メートル程度の不安定な平面形であり、墳丘の高さは2?3メートル程度である。
現在は大仙公園内にあるが、同公園が造営されるまでは、大阪府立大学農学部の敷地内にあった。
大阪府道197号線から堺市立中央図書館へ向かう「まなびの道」に西接し、
大仙公園を抜けて同図書館へ向かう「狸小路」と呼ばれる小径に南接する。

(Wikipediaより)



平和の塔
大仙公園の中央部に、昭和46年、堺市が建設した平和塔が見られます。
第2次世界大戦で、なくなった堺の多くの戦死者や、
戦没者の方々の霊をなぐさめ、ニ度と戦争の無ない、
いつまでも平和な世の中であってほしいという願いをこめて建てられました。
高さは約60メートル、地上十五階建ての三角柱の建物で、
堺市の市章にもあるように、摂津・河内・和泉の三つの国の国の境に
栄えた町というところから三角の塔になっています。
(堺市HPより)


※外堀を〜

建設時は仁徳天皇陵古墳を
見下すとは〜
との声も有ったそうですが実際には古墳が大きすぎて
一部しか見えないとボランティアガイドの方に伺いました。
展望台にはならないと〜

日本最大の仁徳天皇陵古墳
大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)または大山古墳(だいせんこふん)は、
大阪府堺市堺区大仙町にある古墳。
形状は前方後円墳。百舌鳥古墳群を構成する古墳の1つ。
実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により
「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)」として
第16代仁徳天皇の陵に治定されている。名称は「仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)」や
「仁徳陵古墳」とも。
全国で第1位の規模の巨大古墳であり、同古墳を擁する堺市は、
クフ王ピラミッド及び秦の始皇帝墓陵に並ぶ「世界三大墳墓」と称している。


※外堀内堀と
もう一つ堀が内部には有るそうで〜
綺麗な水が湧いてるとか…

外堀は澱んでますがね〜

※内堀風景〜

明治百年記念植樹碑

※説明板は完備されてます〜
堺市は百舌鳥古墳群の世界文化遺産登録目指して〜

御旅所?と思えば…
御影石製の古墳群模型〜
百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)は、大阪府堺市にある古墳群。
半壊状態のものも含めて44基の古墳がある。
このうち17基が国の史跡に指定されているほか、
これとは別に宮内庁によって3基が天皇陵に、2基が陵墓参考地に、
18基が陵墓陪冢に治定されている。
かつては100基を上回る古墳があったが、第二次世界大戦後に宅地開発が急速に進んだため、
半数以上の古墳が破壊されてしまった。
古市古墳群とともに、巨大な前方後円墳を擁する古墳群として知られる。
(Wikipediaより)


※花見がしたいなぁと〜

仁徳天皇(にんとくてんのう、神功皇后摂政57年 - 仁徳天皇87年1月16日)は、
日本の第16代天皇(在位:仁徳天皇元年1月3日 - 同87年1月16日)。
善政を敷き、大規模な土木事業を行ったと伝わる。
名は大雀命(おほさざきのみこと)(『古事記』)、大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)
・大鷦鷯天皇(おほさざきのすめらみこと)・聖帝(『日本書紀』)・難波天皇(『万葉集』)。
日本書紀には、次の事績が記されている。
河内平野における水害を防ぎ、また開発を行うため、難波の堀江の開削と茨田堤(大阪府寝屋川市付近)の築造を行った。
これが日本最初の大規模土木事業だったとされる。
山背の栗隈県(くるくまのあがた、京都府城陽市西北〜久世郡久御山町)に灌漑用水を引かせた。
茨田屯倉(まむたのみやけ)を設立した。
和珥池(わにのいけ、奈良市?)、横野堤(よこののつつみ、大阪市生野区)を築造した。
灌漑用水として感玖大溝(こむくのおおみぞ、大阪府南河内郡河南町辺り)を掘削し、広大な田地を開拓した。
紀角宿禰を百済へ遣わし、初めて国郡の境を分け、郷土の産物を記録した。

(Wikipediaより)

※百舌鳥耳原由来

レンタサイクルも電動にしたら??


耳から百舌鳥
ふ=む

※はにわ課長〜
有名人なんでしょうかね?

やはり昭和の中期から
住宅地化したとか。。



亀の甲羅干し


塚廻古墳(つかまわりこふん)は、大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町に所在する古墳(円墳)である。
百舌鳥古墳群に属しており、すぐ近くにある大仙陵古墳の陪塚とされる。
国の史跡に指定されている。
大仙陵古墳の東側、周濠に接して立地しており、同古墳の陪塚の一基と考えられている。
墳丘は径35m余り、高さ4、5mの円墳で、墳丘裾に埴輪列が確認されている。
近年の調査により周濠があったことが確認されている。内部主体は木棺である。
1912年(明治45年)に坪井正五郎により発掘調査が実施されており、
長さ3m、幅54cmの中央のくぼんだ木板の上から、変形四獣鏡、変形五獣鏡、鉄剣、
鉄刀2〜3、硬玉、碧玉、ガラス、滑石製などの勾玉7、碧玉製棗玉4、碧玉製管玉70、
ガラス製小玉1000個余り、滑石製臼玉数百などが出土している(出土品は宮内庁書陵部保管)。
大仙古墳の陪塚のうち、内部主体、副葬品などの内容の明らかな古墳として重要である。
1958年(昭和33年)国の史跡に指定されている。

(Wikipediaより)




山桜〜

※R310



平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は7年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。阪神大震災も23年…今年こそエエ年に!
冬季五輪は日本勢大活躍!
マー君、お江戸へ長期貸出中。
えっ?皆様方、急遽過ぎと体調不良に家事・仕事にて
お休み〜残念!
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