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令和七年、2025年!今年は大阪万博だそうで~
久しぶりのポタは久しぶりの大和高田に、我が蔓編の師匠を思い~

奈良はええなぁ~
水運や綿花の繁栄の名残~
竹ノ内街道の終着点、静御前の終焉の地や式内大社沢山!
梅は咲いたか桜は未だかいなの時期
前には
~今回は、浮ドンと膝栗毛!

大和高田市三和町(天神社) 13

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
お互い久しぶりの自転車ポタ~相棒自転車は…
パナソニックダイヤモンドキャンピングとUFO先生号
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和七年03月20日
                                           UP日:令和七年04月02日


大和高田市街中に戻って来ました。
天神宮縁起書によれば第十代崇神天皇の御代の御鎮座である。
現存する御本殿の最も古い練札は貞応元年(1222年)のものである。
御本社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)
・津速産霊神(つはやむすびのかみ)をおまつりしている。
この神々は「古事記」や「日本書紀」に造化の神として記されている。
又、本居宣長著「玉鉾百首(たまほこひゃくしゅ)」にも
「神の道は高皇産霊神・神皇産霊神・津速産霊神のお働きに始まる」と記されている。
天神社の神様 はその「産霊(むすび)」の神様で、ものごと成就・祈願達成・縁結び・
合格祈願等に御神徳のあらたかな神様である。
又、当地「高田」の地名は平安時代初期「蓼田郷(たでだごう)」と称していたが、
天神宮の主祭神「高皇産霊神」の「高」と「蓼田」の「田」とをとって
「高田」と称されるようになったとも称されている。
(天神社HPより)

※榎でしょうか?
目立つ大きな樹木なのに
お隣のマンションに迷惑をかけるとの事で伐採とか~
(宮司さん談)

根のせいで
大きな石灯籠も傾いています。

※最後の姿を~

もう一度~

※由緒記

東郷平八郎筆の扁額
前には~
01 02 03
橿原神宮にお参りの際に
揮毫されたのではと~
(宮司さん談)

社殿正面
大きな石の狛犬なんですが~
昔には青銅製のこれと同じ大きさの狛犬が在ったとか~
太平洋戦争時に日露戦争時の大砲と共に供出したとか~
(宮司さん談)

※百度石

覆い屋付きの
本殿舎脇から~

※境内風景
宮司さん掃除されてます~

摂社
天満宮



鳥居の二次使用?
道標です
右 すぐ郡山
左 大阪 堺

※百度石

大きな石灯籠~

※綿 同盟会
綿生産が盛んだったとか~
現在も靴下等
生産が盛んな地区

自然石に銘が彫られています。

※奉納馬
高岡製でしょうか?

手水鉢

※手水舎の飾り瓦

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