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令和七年、2025年!今年は大阪万博だそうで~
久しぶりのポタは久しぶりの大和高田に、我が蔓編の師匠を思い~

奈良はええなぁ~
水運や綿花の繁栄の名残~
竹ノ内街道の終着点、静御前の終焉の地や式内大社沢山!
梅は咲いたか桜は未だかいなの時期
前には
~今回は、浮ドンと膝栗毛!

大和高田片塩町(石園座多久虫玉神社(龍王宮)) 04

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
お互い久しぶりの自転車ポタ~相棒自転車は…
パナソニックダイヤモンドキャンピングとUFO先生号
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和七年03月20日
                                           UP日:令和七年03月24日


曙町附近



R168

※太神宮の高燈籠
前には

前に見た煙突~

※脇の路地に~

好きなんですわ~

※JR和歌山線と
近鉄南大阪線の高架

高田市駅

※高田市駅前商店街
アーケード

高田市駅より鍛え50m程離れた
神社正面より。

※大和高田市唯一の式内社

大阪場所なんです。
錣山部屋(しころやまべや)は、日本相撲協会所属の相撲部屋。
現在は二所ノ関一門に所属している。
2002年9月場所限りで現役を引退して、以降は井筒部屋の部屋付き親方となっていた
年寄・20代錣山(元関脇・寺尾)が、2004年1月27日付で2人の内弟子を連れて
井筒部屋から分家独立して錣山部屋を創設した。
2023年12月17日、20代錣山が死去した。
20代錣山の生前に、部屋付き親方の19代立田川(元小結・豊真将)を
後継とする意向も示されていた事から、19代立田川が師匠代行として
翌2024年1月場所まで指揮した後、2024年2月23日付で21代錣山を襲名、
正式に部屋を継承した。
(Wikipediaより)

境内整備中

※拝殿舎正面

拝殿舎正面扁額

※見返って~

本殿舎脇から~

※石燈籠部品が~

絵馬

※金鼓
大倉本家について
奈良県香芝市にある大倉本家は1896(明治29)年の創業以来、
大部分の酒を山廃で造り続けています。
最盛期は6,000石と地域を代表する製造規模だったものの、
2000年秋からは休造が続いていました。
しかし4代目の現蔵元・大倉隆彦さんが2003年に造りを再開。
(SAKE Street HPより)

境内摂社多数

※社務所

手水舎

※戎様の絵馬

伝承
静御前縁の地

※静御前(しずかごぜん、生没年不詳)は、
平安時代末期から鎌倉時代初期の女性白拍子。
母は白拍子の磯禅師。源義経の妾。
大和高田市の磯野は磯野禅尼の里で、
静御前も母の里に戻って生涯を終えたとする伝説が伝えられる。
(Wikipediaより)

多くの石燈籠

安寧天皇(あんねいてんのう、旧字体:安寧󠄀天皇、
綏靖天皇5年 - 安寧天皇38年12月6日)は、
日本の第3代天皇(在位:綏靖天皇33年7月3日 - 安寧天皇38年12月6日)。

『日本書紀』での名は磯城津彦玉手看天皇。欠史八代の1人であり、実在性については諸説ある。
神渟名川耳天皇(綏靖天皇)の皇子。母は事代主神の娘の五十鈴依媛命(『日本書紀』)。
兄弟に関する記載は『日本書紀』『古事記』共にない。父帝が崩御した年の7月に即位。
即位2年1月、片塩浮孔宮(かたしおのうきあなのみや)へ都を移す。
即位3年2月、鴨王(事代主神の孫)の娘の渟名底仲媛命を皇后として息石耳命、
大日本彦耜友尊(後の懿徳天皇)、磯城津彦命を得た。即位38年、崩御。

片塩浮穴宮の伝説地については、次の3説がある。
1.奈良県橿原市四条町付近 (『帝王編年記』『和州旧跡幽考』)
2.奈良県大和高田市三倉堂・片塩町 (『大和志』『古都略紀図』)
3.大阪府柏原市 (『古事記伝』『大日本地名辞書』)
安寧天皇前後の諸宮が全て奈良盆地の中に位置することから、
候補としては第1・2説が有力視されるが明らかでない。
大和高田市では石園座多久虫玉神社境内に「片塩浮孔宮阯」碑が建てられている。
なお、現在の大和高田市に残る「片塩」「浮孔」といった町名・施設名(例:浮孔駅)は、
全て第2説を基にした近代以降の復古地名となる。
(Wikipediaより)




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