小学校脇を先へ~ 神社参道ですね。 ※ |
咋岡神社 草路城は、文明年間における畠山義就と畠山政長の抗争の際、 畠山政長方の遊佐兵庫が草路城に入ったが、 畠山義就方に攻められ落城したという。 畠山 義就(はたけやま よしひろ/よしなり)は、 室町時代後期から戦国時代前期の武将、守護大名である。 河内・紀伊・山城・越中守護。足利氏(足利将軍家)の一門に て室町幕府の三管領家の1つである畠山氏出身。 父は管領畠山持国、母は側室。幼名は次郎、初名は義夏(よしなつ)。 子に修羅、義豊(基家)。猶子に政国。 家督相続を巡って、従兄弟の弥三郎政久・政長一派と対立、応仁の乱を引き起こす。 (Wikipediaより) ※草内小学校校門 |
城の石材を使った? 平和塔 ※草内の老人会の方々が 広島原爆病院・慰霊碑を慰問 原爆遺品を収めた収納した。 「再び原爆許すまじ」 |
忠魂碑 ※ |
日清日露戦争従軍者銘 ※大東亜戦争従軍者銘 |
参道風景 ※庚申塚 |
燈籠 ※ |
扁額 ※ |
本殿舎は京都府登録文化財とか~ |
山茶花咲く参道 ※遥拝所 東向いて~ 皇居?伊勢神宮? |
青石ですね ※大正3年銘の 大正天皇御即位記念銘 |
手水舎 ※稲荷社 |
四つ足鳥居 ※ |
社務所 ※割拝殿 |
米寿を祝う「升掛け祝い」 此処にも~ ※ |
大東亜戦争従軍者の 方々の写真 ※ |
戦死者の方々の写真 ※扁額 |
木鼻 ※ |
本殿舎前狛犬 阿 ※吽 |
本殿舎脇から~ ※ |
若宮八幡宮 ※境内末社舎 |
撫で牛 ※「升掛け祝い」 の中には絵馬も~ |
本殿舎から見返って~ ※参道 |
西側の濠 ※草路城跡碑 |
濠脇を~ ※ |
草内幼稚園 ※先へ~ |
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