関町新所
R1とR25の交差点
※追分ですかね。
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髭題目と道標兼ねて。。
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ひだり・いか
やまとみち
※四面とも髭題目
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西の追分ですって。
加太へは
西の追分
大和道
(関宿かるたより)
※京都までは19里半(78km)とか〜
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ミニランちゃんと
※ぶらりと行きましょう〜
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妻入り家屋
西の追分休憩施設
※ご自由にお上がり下さい〜
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イラストマップ
※古代の関所に由来した地名
関(さんげん、さんかん)とは、古代の日本で畿内周辺に設けられた
関所の内、特に重視された三つの関の総称。
三国之関とも呼ばれた。
当初は不破関(美濃国、現在の岐阜県不破郡関ケ原町)、
鈴鹿関(伊勢国、現在の三重県亀山市か)、
愛発関(越前国、現在の福井県敦賀市内か)の三つを指したが、
9世紀初頭に相坂関(近江国、現在の滋賀県大津市付近か)が愛発関に代わった。
また、三関のある律令国は三関国と呼ばれた。
(Wikipediaより)
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色んな形の火鉢(手焙)も〜
※叩きに石組の井戸も〜
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旅人が腰掛けて
一服なんて〜
火気厳禁ですがね…
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関神社御旅所
※東向いて〜
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電柱を街道の裏側に移したら
スッキリとした町並みが…
※名物は
火縄餅菓子
豆腐料理
(関宿かるたより)
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Kさん
お得意の電柱が無くて…
でも、町並みが良く判りますね。
※ポストも町並みに溶け込んで〜
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観音院さん
※西国33ヶ所
観音山
公園道
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観音山公園?
※鳥獣魚供養碑
すべての命に〜
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駐車場に蒸気機関車
※C50154
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C50形蒸気機関車(C50がたじょうききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)の
前身である鉄道省が製造した旅客列車牽引用のテンダー式蒸気機関車である。
シゴマル、シゴレの愛称がある。
戦後、本土に残ったC50形は2両が戦災により廃車され、1947年には147両が在籍していた。
配置区は、苗穂、長町、小山、桐生、平、新鶴見、大宮、国府津、飯田町、
静岡、浜松、稲沢、梅小路、吹田、亀山、姫路、岡山、広島、岩国、小郡、
下関、行橋、鹿児島で、かなりの両数が入換用となっていた。
1955年3月末には144両が残っていたが、
中型ディーゼル機関車の実用化にともなって両数を減らし、
1960年3月末には140両、1965年3月末には76両、1970年3月末には42両となっていた。
営業用としては1968年の両毛線が最後で(ラッシュ時に間合いで旅客運用を持つものを除く)、
最終廃車は1974年8月の36号機であった。民間に払下げられたものはなく、
また、C12形とともに梅小路蒸気機関車館の保存対象形式からも外された。
1〜67号機の1次型は現存せず、2次型に属する6両が現存し、
いずれも静態保存となっている。
C50 103 : 福島県南相馬市「野馬追の里歴史民俗資料館」
C50 123 : 栃木県小山市「駅東中央公園」
C50 75 : 東京都足立区「北鹿浜交通公園」
C50 96 : 静岡県焼津市「小石川公園」
C50 154 : 三重県亀山市「観音山公園」
C50 125 : 山口県柳井市「古開作児童公園」
(Wikipediaより) |
綺麗に再塗装されて〜
※我が家の近くに城東貨物線が在り
私が幼き頃はその軌道周りが遊び場でした。
D50・D51・C52などが煙を吐いて
走っていたのを思い出します。
赤い尾灯が旅心誘います。
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