|
飛鳥川堤防上から〜 上流部は大台ケ原も見えます。 ※ あの森は〜 後程行きます。 |
堤防下って、北側に向かって〜 但馬の外側から〜 白壁の残念な風景。。 ※ |
踏切手前を〜 ※集落に入っていきます。 |
普通自動車には、 狭い路地。 ※キョロキョロしながら 築地が綺麗〜 |
ふと… ※突き当たり風景が〜 |
見通しは 神社の森で… ※ |
(浮ドン撮影) 後ろ姿に〜惚れるなよ! |
三宅町には但馬・三河・石見と国名の付いた村が3つ有る。 古代、大和朝廷は大和盆地の中央に位置する、この肥沃な土地を 直轄地として開墾するために、全国から使役として農民を集め移住させた。 江戸時代には、飛鳥川には「但馬の浜」もあった。 此の地では「日焼け一番、水つき一番」といわれ、 米作りの際いつも用水不足に悩まされた為、綿や菜種(日照りに強い)を 「但馬の浜」から積み出され、大和川下り大坂へ、そして江戸へと運ばれた。 (ライオンズクラブ看板より) ※杵築神社 出雲大社系の神社で祭神は須佐男命 本殿右に雨乞いの神として 信仰される多度神社。 境内、鏡池畔には三宅町最古の石造十三重塔 (鎌倉時代末期1319年造立)がある。 (三宅町教育委員会) |
神宮寺 西道寺さん ※小さな御堂ですが〜 本瓦・鬼瓦・鴟尾 良いですね。 |
浮ドンも嬉しそう〜 ※ |
木鼻の肉抜きデザイン象は珍しい〜 ※お百度石 神社用でしょうか? お寺用でしょうか? |
宝物庫の社紋 ※神宮寺前からの境内 |
戦役記念碑 ※明治三十七・八年 日露戦争ですね。 |
神宮寺側撮影中〜 ※拝殿舎 |
本殿舎と 多度さん 雨乞いの神で、村人が神社に集まり般若心経を唱え、 神殿を引き出し手桶で水をかけ「おうこ」を付けて これを神輿のように四人で担ぎ「雨たんもれ、たんもれ」等と 鉦や太鼓を叩いて村内を廻って雨乞いをしていた。 (三宅教育委員会) ※国旗掲揚台 皇紀二千六百年記念 |
下に置かれた狛犬 阿 ※拝殿舎内 |
塔頂部は? ※元天理市庵治の常福寺に建っていたが 明治初年の廃仏毀釈に成り此処に移された。 この地方最古の年銘のある貴重な石造物とか。 (三宅町教育委員会) |
塔頂部は 下の置かれていました。 ※梵字が彫られていました。 |
鎌倉時代の僧は 読めたんでしょうか? ※鏡池脇に弁財天でしょうか? |
葛城の東側は 鏡池も多いですね。 1 2 ※境内にBM(水準点) |
初めの森が〜 あれが 三宅古墳群の一つ 屯倉を管理した氏族の墳墓の一つである 「天王塚」でしょうか? (三宅町教育委員会) ※お邪魔しました〜 此処にも一時避難場所看板 アサザも栽培されていました。 |
浄土宗 紫雲山 西道寺さん ※格子状の村中道を〜 |
其処に私も居ました… ※こんな景色大好きです! |
浮ドンも〜 |
大きな御家も〜 ※戎様も〜 |
キョロキョロと〜 ※浮ドン〜 |
郵便局では無いですよね〜 |
右行くと神社です。 ※右に曲がって〜 |
煙抜きも〜 ※神社過ぎて〜 |
黒田大塚方向〜 ※神社見返って。。 |
公園のように整備されて 「天王塚」だと思われますが〜 フェンスで入れない。。 ※表廻って〜 三宅町つながりセンター 耐震性不足で閉鎖とか。。。 あれれ〜 「天王塚」だけでも開放して欲しい… |