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笠縫駅到着〜 ※さて、組み立てて… 浮ドンはワンタッチ。。。 |
私は、ゴソゴソと〜 |
田原本町笠縫 此の名は〜前に。。 ※寺川からの水路脇に |
御大典記念 発起者:寺田鹿蔵さん碑 何時のでしょうか? |
複線の東西に乗降口が有ります。 ※旧地形図見れば、 突き当り(中街道)沿いに 多(オー)村 秦庄 泰楽寺や九品寺の名が〜 寺領だったんでしょうか? |
近鉄笠縫駅の無人化反対! ※この水路は 飛鳥川に続いています。 |
旧水路敷が駐輪場〜? ※桜より水仙が満開〜 |
脇に〜 何?? ※庚申塚と金毘羅碑 庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、 中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。 庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。 塚の上に石塔を建てることから庚申塚、 塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。 庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、 庚申の日の夜寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされていることから、 それを避けるためとして庚申の日の夜は夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、 勤行をしたり宴会をしたりする風習である。 庚申塔は沖縄を除く全国で分布が確認されているが、地域によって建立数に差が見られる。 例えば関東地方では数多く建立されているが、 日本における庚申信仰の中心的な寺社がある京都や大阪など関西では 比較的に見て庚申塔の建立は少ない傾向がある。 前に〜1 2 3 でも、此の地区には何点か有りました。 金毘羅碑は水運でしょうか? |
地蔵様? ※桜が咲けば絵になりますね。 |
水路脇に有るんですわ。 常夜燈と金毘羅碑 やはり船着場だった? ※地蔵様は多いんですわ。 関西地方〜 |
九品寺村講中銘 大神宮燈籠〜 |
中街道を少し〜今度行きたい南方向 奈良から櫟本、丹波市を経て桜井に至る道が「上街道」、郡山から高田に至る道が「下街道」に対し、 その間を通る道が「中街道」と呼ばれるようになった。 平安京遷都後は平城京自体が衰退し、町の中心部は東の若草山の麓に移り、 かつての下ツ道をたどる道筋も少し東へずれることになる。 中世以降の中街道は奈良町の西から八木(橿原市)、古瀬(御所市)を経て 北宇智(五條市)で下街道と合流する道筋となる。 奈良から八木まではほぼそのまま国道24号に沿っている。 中街道(なかかいどう)は、奈良市から橿原市を経て五條市に至る街道。 古代では「下ツ道」(しもつみち)と呼ばれた古代官道のひとつであった。 (Wikipediaより) ※後程行く北方向〜 |
袖壁の有る家屋〜 ※気を取り直して 近鉄橿原線の西側へ〜 |