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本日の相棒は片倉シルク号(昭和41年10月製) 丹波篠山からのOCA専用車? 友人のヒーやん宅から、いざ出発! 慈光院(じこういん)は奈良県大和郡山市小泉町にある臨済宗大徳寺派の寺院である。 山号は円通山。本尊は釈迦如来。石州流茶道の祖・小泉藩主片桐石見守貞昌(石州)が創建した。 書院(重要文化財) 農家風の外観をもつ慈光院の中心的な建物。入母屋造茅葺屋根に桟瓦の庇をめぐらし、 十三畳の上の間と、中の間、下の間からなる。 上の間には床・付書院を備えているものの、長押は省かれ、簡素で軽やかな意匠である。 また全体に天井や鴨居の高さを低くしており、座ったときに安らぎや落ち着きが出るよう熟慮されている。 奈良盆地の眺望が素晴らしいことでも名高い。 ※顕彰碑 |
右から西南戦死者魂碑 日露戦争忠魂碑 (第二次世界大戦?)殉国之碑 多くの方々の供養塔 ※慈光院さん 入り口より 大和小泉の街中(奈良街道)へ〜 |
庇の低い家屋が〜 ※片桐貞隆は1623年(元和9年)に小泉城に戻り、 ここより小泉陣屋として新たにスタートし、 陣内にいた農民を街道筋に屋敷替えを命じ再び大きく改修した。 (Wikipediaより) |
街道沿いに整備された街並み 部分的には一直線ですね。 ※少し富雄川へ〜 ケヤキが大空に手を伸ばして〜 |
一直線の街道が曲がっている所に 寺院の山門が… ※立派な石燈籠に 青面金剛碑 |
一國一宇庚申碑 ※金輪院(こんりんいん)は、奈良県大和郡山市小泉町にある天台宗の寺院。 小泉庚申堂と呼称される方が多い。 山号は尭山山(ぎょうせんざん)、本尊は青面金剛。 大和国の庚申信仰の総道場として知られる。 万治2年(1659年)、小泉藩第2代藩主片桐貞昌の家臣で茶人でもあった藤林直良(宗源)が創建し、 小泉氏の祈願寺となった。 大徳寺玉舟和尚の筆による縁起「宗鐇記」によると、貞昌の父片桐貞隆が 家蔵の什器を焼き捨てたとき灰の中から青面金剛像一体が発見され、 この像が後に本尊になったという。 明治5年8月施行の学制に基づき、同6年12月23目に山本寿保邸を借用して開校されていた 小学修道館が、同7年2月当院倉庫へ教場が臨時移転し、 同9年2月城行換邸に移転するまでの間使われた。 (Wikipediaより) |
山門の龍 富雄川が龍に? ※庚申百度石 |
手水鉢 ※庚申堂 |
破風の社紋は菊? 銅板の下は檜皮葺なんですね。 ※鰐口 |
写経塚 ※猿と庚申堂銘入り瓦 |
鐘楼 ※見ざる言わざる聞かざるも〜 今年の干支ですね。 |
地蔵様? 上人座像? |
いずな堂 ※本堂俯瞰 |
街並みは富雄川に対して低い位置 天井川状態 ※掲揚台 山門俯瞰 |
立派な山門内側から |
奉祈諸願成就 ※山門 重厚な飾り |
一國一宇庚申碑 根元に… |
水準点 明治期にも64.08mが記入されています。 |
多くの世話人 米屋・大和屋・紀伊国屋・鳥屋… 商人か?宿屋か? ※先へ〜 |