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大きな杉が お出迎え〜 ※ |
創建は6世紀、元の本殿は500m程奥に在り、 明智光秀の高見城攻めの時に兵火に焼失したとか。 ※見返れば〜 桜の花弁が雪のように… |
式内社 新井(にい)神社 ※鳥居の向こうに 江戸中期の本殿舎が〜 |
地車庫でしょうか? ※ |
手水舎裏の 三本杉 梯子は枝打ち作業中? ※ |
手水舎 ※ |
江戸中期の建築様式だそうです。 中井権次正貞作の猿の木彫 柏原八幡宮(1024年に京都の石清水八幡宮の別宮として丹波柏原に創建)の焼失した三重塔の再建のため、 京都与謝郡の中井役所(徳川幕府公認の宮大工集団)より中井道源とその弟が宮大工として派遣された。 塔は1615年から1619年にかけて完成したが、道元はそのまま柏原に居を構え、柏原中井家の祖となった。 徳川幕府が各地に多彩な建造物を建立する中で、4代目の言次君音から彫物師としての本格的な活動が始まり、 特に宝暦年間(18世紀中頃)における柏原八幡宮摂社、五社稲荷の竜を中心とする多彩な彫物はその嚆矢と評価される。 (Wikipediaより) |
猿でも阿 ※吽 ウットリとした表情 |
御神木三本杉の根元をまたいで子育てをお願いすれば よく聞き入られるとか〜あの梯子は…そのためですか〜 ※本堂脇の明治11年の絵馬 |
細かい意匠も〜 ※本殿舎裏面 |
境内摂社 ※ |
鳥除けのワイヤーが… ※色彩も再現できたらなぁと |
此処にも境内摂社 ※ |
新井神社扁額 ※カモさんが杯状穴無いですねと… 確かに〜 子守は暇ではなかったのでしょうか? |
脇の拝殿舎 奥に神様も… ※此処にも鯱が〜 |
神様が祀られてました。 ※少し離れています。 |
遊歩道もあるそうで〜 奥の池まで |
石見(いわみ)神社さん 此処も境内摂社に思えます。 日本一の大碁盤が有ると〜 ※山争いを碁の勝負で決着した事が在ったとか |
これですか〜 上の物が普通サイズ… ※ |
傘の穴の木漏れ日で次打つところを教えたとか〜 傍目八目ですね。 |
新山縁故使用地管理組合 へぇ〜 ※惚けた感じの狛犬 吽 |
阿 前足の呪いあり! ※ |
昔の御上人の お墓 ※富勝稲荷社さん |