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旧外環状線 東高野街道(国道170号) 日下・孔舎衛(くさか)交差点 ※石切神社御祭礼 日下も石切神社かと思ってました。 |
石屋さんが多いんですわ〜 地名が昔から、石切近くですもん。。 ※日下太鼓台 布団太鼓ですね。 今回太鼓の音だけで見られませんでしたが〜 前には〜 |
布団太鼓順航路 ※大和棟が〜 1 2 3 4 |
白壁路地 ※大きな農家の前に 大きな石燈籠〜 何でやろか?? |
日下の村中の生駒に登る道すがら〜 地蔵様が祀られて〜 ※ん? 宅地側見たら〜鳥居… |
杉が御神体? 金網が残内 ※ 小さな祠も〜 |
三箇キリスト教の名残か? キリシタン灯籠〜 マリヤ様居ませんが… 前にも〜 ※大和棟家屋が見え隠れ〜 |
神社扁額は有りません。 地理院のウオッちずには 載っていません〜 ※小さめの狛犬 |
左は河澄家住宅 ※溜池が多い地区 前にも〜 こちらは釣り池ですね。 後日聞いたら、イタメシ屋アルパチーノでの 常連さんのフィールドですって! |
もう一度、境内を〜 手水も燈籠も狛犬も〜 ※もう一度拝みながら〜 |
花生けでしょうか? ※東大阪市指定 文化財旧河澄家 無料公開中〜 |
中河内歴史探訪の道 欲を言えば〜もう少し、目立つ所に欲しいですね。 例えば、バス停付近(旅の起点)などに〜 ※開館は午前9時30分〜午後4時30分 (東大阪市HPより) |
河澄家は江戸時代に日下村の庄屋を努めた旧家で、代々地域の発展に貢献されてきました。 住宅は敷地中央に江戸時代初期の様相を残す 主屋、その西側に数奇屋風書院造りの「棲鶴楼」と呼ばれる奥座敷を備え、北側には長大な土蔵があります。 棲鶴楼は、寛政10年(1798)に「雨月物語」の作者で知られる上田秋成が訪れた史跡であり、 近郷文人たちの文芸サロンとなっていました。 入館料は無料です。(東大阪市HPより) ※ええ天気なので縁側でゆっくり お茶を啜りたいですね〜 |
枯山水庭園 ※白砂が欲しいところですかね〜 |
日下のカヤ ※ |
榧の実 前には裸ガヤを見ましたが〜 ※有料にて、ご利用いただける貸室があります。 クチノマ(8畳)、ダイドコ(8畳)、ナンド(9畳半)、ザシキ(8畳)、奥座敷(一部使用8畳)、奥座敷(全部使用15畳) 使用料 畳1畳あたり1時間20円 浮ドン奥様の個展如何?? |
涼やかな風が吹き抜けそう〜 |
襖絵も〜 ※ |
井戸が〜 ※トタン被せに成ってますが〜 |
榧の木と母屋 ※天井裏が面白そう〜 |
立派な通柱 ※台所も〜 おクドさん 当時の人の息吹が聞こえそう〜 |
家屋の三面図 ※生駒の裾まで 海が侵食してたとか〜 |
御用提灯も〜 何でこんな豪商が此の地に現れたんでしょうかね? なんて話してたら〜 大和川付け替え後に平野屋・天王寺屋・鴻池 等の豪商が綿(河内木綿)や菜種の栽培をした。 又、此の地の近所には生駒の水流を使って 水車で生薬を挽き道修町に卸していたとか〜 (昭和40年代までは現存してたとか) 管理の方との語らいも面白く〜 |
きれいな造作の 唐臼見っけ! |